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研ぎ澄まされた孤独

とりとめのない思考を無理に言語化した記録

アメリカ中絶論争:pro-lifeとpro-choice

授業の備忘録として。

 
日本では割りと容認されている中絶(僕の勝手な感覚)ですが、アメリカでは思想信条として断固として中絶を認めない人たちがいて、なんとそれを主張するために中絶を行う産婦人科を爆破するという事件まで起きています。いったい何が彼らをそこまで駆り立てるのか?まずはアメリカ史における中絶の法的立ち位置をたどってみましょう。
 
19世紀以前、アメリカでは事実上中絶が容認されていました。それは経済的に子供を育てることが不可能、などの現在でも散見される普遍的な理由からでした。
 
19世紀後期からは州レベルで「堕胎罪」が制定されるようになりました。このころからアメリカでは「良妻賢母」を女性の理想とする機運が高まり、そのため女性は子供を産み家庭を守るのが生きがいというような価値観が支配的になりました。
 
1960年代からはフェミニズム運動が隆盛を極めました。運動家たちは中絶の合法化を盛んに訴えました。それは「生殖の自己決定権」、すなわち女性の権利を求めることでした。
 
そして1973年、中絶を憲法で容認するという、「ロウ対ウェイド判決」がくだされました。これは、「憲法は解釈上国家が個人のプライバシーに介入する権利がないため、生殖は私的領域とする」みたいな感じで、要は中絶してもいいよということでした。ただし妊娠期間の初期3分の1の間だけオッケーとかいうよくわからないものでもありました。
 
この一連の中絶容認への流れが、保守層のバックラッシュ(反動)を産みました。彼らはプロライフ(pro-life)といい、胎児は早期から生命であり、中絶は殺人罪を適用すべきだと激しく主張しました。また彼らはビジュアルに訴えかけるポスター(手のひらの上で退治が眠っているという)を用い戦略的に大衆の感情を喚起しました。
 
それに対するカウンターとして合法中絶容認派はプロチョイス(pro-choice)を自称し始めました。彼らもまたポスターを作りました。洗濯ハンガーの上に、赤いバツ印が重ねられているんです。これ、パッと見「洗濯のマークか何か?」と思ってしまいそうですよね。実は19世紀以前、中絶をしたくても正しい知識や処置のための費用がない女性が、自らの子宮にハンガーの先端を入れてかき出すという大変痛ましい中絶方法があったというのです。適切な手術が確立されている今、その悲劇を繰り返してもいいのか、ということをポスターは表しているそうです。
 
また、プロライフはプロチョイスに比べて、平均的には「学歴が低い」「結婚期が早い」「父親の年収が低い」「宗教観が強い」といった傾向が見られるそうです。そこらへんの劣等感や敬虔なキリスト教的価値観が、彼らを激烈な活動に結びつける原因かもしれません。
 
日本ではあまり話題に上がらない人工中絶ですが、なぜアメリカではここまで盛んな議論が行われているのでしょうか。社会学では、アメリカの発達した個人主義がもたらした誤謬なのではないかという指摘があります。
 
プロライフ派は、受精が行われた時点でそこには「個人」が誕生しており、それを他人(母親)の都合で殺してしまうのはおかしい、という論理を唱えています。一方プロチョイス派は、生殖は個人たる女性自身の身体に関わる問題であり、胎児は従属的存在に過ぎないと言っています。
 
どちらも個人を重視して主張を組み立てていることにお気づきでしょうか。ただ、その「個人」の対象がズレているだけなのです。この2つの派閥は共通して、独立した個人を捉える視点が先鋭化されています。しかしそれがかえってこの問題の対立を深めているのです。
 
他方日本では、人間と非人間の間のグレーゾーン――胎児はどこから人間なのか――という区別が明確になっていません。その曖昧さを曖昧なまま受け入れる日本的な意識が、現在の比較的リベラルな人工中絶への態度として反映されているのかもしれません。