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研ぎ澄まされた孤独

とりとめのない思考を無理に言語化した記録

キャラクターのメタ化とアイロニー/ラブライブの画像から

アニメ・ゲーム 考え事

iCloudの容量5GBがそろそろ限界に来ているということで、カメラロールの画像を整理していました。7割ぐらいが女の子の画像(2次3次問わず)で、それらを適当に削除していくという作業でした。そのなかにラブライブの画像が大量にありました。殆どがりんぱなの画像だったんですが、それを見ているうちに僕はある種の哀れみを抱くことになりました。

ラブライブという企画はもともとキャラクターが先行してつくられたのだそうです。その中で、雑誌の特典ドラマCDなどで彼女たちのストーリーが少しずつ展開していくといった成り立ちがあるわけです。つまりキャラクターとしての生が物語世界の上位に立っているのです。2期まで続き映画化も発表されたアニメやSID(School Idle Diary)など、公式によって提供された物語は存在しますが、本質的にはそれも「実在しない作り物の世界(フィクションという意味ではない)」だと言えるでしょう(東浩紀動物化するポストモダン』でいうところの「シミュラークル」)。

僕はpixivやツイッターで、ニコニコと可愛げに描写されているキャラクターのイラストを目撃すると穏やかな気分になります。そこでの彼女たちは物語から完全に切断され、誰の作ったシミュラークルの軌道にも乗らず、「設定」という海のなかで遊離的に縦横無尽に跳ねまわっています。これこそがラブライブの原点であり、彼女たちが誕生した理由であるのだと思います。そう、彼女たちは如何なる物語にも束縛されず、その上位――メタにあり続けているのです。

でも僕たちは一方でそれを好意的に受容しつつ、他方で拒絶します。それが「二次創作」です。彼女たちはもともとデータベースに立脚したメタ的な個体として誕生した。けれどもそれが先鋭化されると僕たちは彼女たちを個々の物語の内側に引きずり込もうとする。その物語のなかで彼女たちはあるいは性的に消費される。

僕はそこにアイロニーを感じざるを得ません。