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研ぎ澄まされた孤独

とりとめのない思考を無理に言語化した記録

成人式と友達の変貌

感想 考え事

 都内某所の成人式に参加してきました。入場から1時間ほど誰とも会わず、乾杯のシーンでもグラスを持たず壁に寄りかかっていたという極めつけのぼっちだったのですが、かつての友人の探索を開始したところ、一人で壁に寄りかかっているぼっちを発見。そこからLINEの”チカラ”により次々と小学校同窓生と再会、写真を取る際に親指を立てるなど無理してテンションを上げていました。

   やはり、当たり前ですが、みな変わっていました。およそ8年ぶりですから。変わってない人もいました。最初に再会を果たした男は、小学校時代と全く変わっておらず、8年前からタイムマシンでやってきたのではないかという具合。痩せてシュッとした人、坊主だったのにオシャレな髪型に決めている人(これが最も多かった)、などもいました。


 そのなかで最も衝撃的だったのは、ぼくが勝手に小学校時代の親友だと思っているKくんが、とんでもない人間になっていたことでした。彼とは6年生の時に自由研究で歴史年表を合作するなど、とてもよい思い出があります。会話のテンションもぼくと波長が似ているのか、とても合い、つまり彼はぼく同様やや暗い人間でした。

   ところが「あいつKだよ」と他の友人に紹介された時、目を疑いました。そこにはパーマを掛けた茶色長髪でピアスを開けた男がいました。ぼくは彼を知らない人を見る目で見ました。彼もぼくのことを知らない人を見る目で見ました。とにかくそのファーストコンタクトでぼくはなにかを感じました。これはもう、戻れないかもしれないと。あの頃のKくんとは違うんだ、変わったんだ、ということを強烈な重みを伴って感じました。

   話を聞くと、Kくんは高校を中退し、フリーターをやっているそうです。ああ、そうなのか、と思いました。彼は小学校時代から順当にいけば、ぼくとおなじような人間になっていたはずでした。

   彼に一体なにが起きたのか、なぜここまで劇的な変貌を遂げたのかを人づてに聞きました。中学時代にAKBにハマってから何かが変わったんだ、と。意味が分かりませんでした。

   もっとも、AKBは理由の一つに過ぎないでしょう。中学にとても好きな人ができて、モテたいから容姿にこだわりはじめ、やがて学業から離れていったという可能性もあるでしょう。無限の解釈が可能です。


 しかしぼくはそんなことよりも、思春期が人に与える影響の大きさに愕然としました。中学校という共同体は人間の形成過程において最も重要な地位を占める気がしてなりません。それに加え、人間の多様性などについて考えだしたりしました。思春期は人をいとも簡単に変える。

   では小学校から中学校を通過して高校に至るまで特段性格の変わらなかった人間は、何なのか? とか。つまりぼくのことです。ぼくはいったいなんだったのか?


 もうひとつ考えたことは、ぼくの想定していたセカイはあまりにも小さく、実際はもっと混濁していたということです。当初はみなどこかの大学に入学していて、遊んでるんだろうなあと思っていました。しかしKくんの例に見るように、必ずしもみな大学に進学していることもないわけです。

   何人かと話しましたが、就職している友人もかなりいました。とくに「おやじが定年退職したから就職して家賃とか光熱費とか払ってる」という男の話は、ぼくがいかに愚かで世間知らずな子供であったかを思い知らせてくれました。彼は坊主だった少年時代と打って変わって、金髪で耳と唇にピアスなどを空けていたのですが、話してみると全然変わってませんでした。

   ニートになっている男もいました。彼は小学校時代からニートみたいな男でしたが、元気そうでなによりでした。

   また、ニッコマに一浪して入学したことを自慢気に語る男もいました。それで気づいたのですが、ニッコマ以上の大学に入学するということは、世間的にはとても優秀な人間なのです。卒業生の全員が進学するような高校に通っている人間や、2ちゃんにどっぷり浸かって「マーチは3ヶ月で受かる」などと言っている文化圏の人間は、そのことを忘れてしまいがちです。データはしりませんが、ニッコマ以上の大学に在籍する20歳人口割合って、低いのではないでしょうか。


 以上がおおまかに成人式で考えたことです。他にもいろいろ衝撃を受けたことはありますが、詳細な記述は特定されそうなので控えます。

   総合的に言えば、成人式は行ってよかったと思います。高校や大学の狭い交友関係もそれは一定の社会の縮図であり、したがってそれによってセカイを把握できるなどと思いあがっていたぼくの後頭部をぶん殴られるような衝撃をいくども味わいました。

   小中ともに嫌な思い出しかない人は無理に行かなくてもいいと思いますが、どちらか一方でも穏やかな学校生活を送っていたという人は、行くべきだと思います。ぼくも中学の同級生とは軽く挨拶を交わしたのみで早急に立ち去りました。逃げるのはそう難しくないです。

   そして成人式に行く人にアドバイス。行く前に、卒アルを見なおしてください。ぼくは会場で会う女性陣の顔と名前がことごとく思い出せませんでした。卒アルを見直すことによって、隠された記憶を呼び覚ますのです。そうすればなんとかなると思います。多分。