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研ぎ澄まされた孤独

とりとめのない思考を無理に言語化した記録

『バケモノの子』はやる気があったのか

 ここ3ヶ月ほどインターンやバイトや大学の課題で忙しく、そのうえ人間関係のことで頭のなかも忙しく、趣味(にしようとしていた)映画鑑賞もまったくできておらず精神的につらかったのですが、最近土曜日のバイトのシフトをなくし、おそらく2年ぐらいぶりに朝イチで映画を観てきました。映画のために早起きして新宿に行くなんてとても久しぶりなこと。鑑賞後に近くで昼飯を食いながら映画について考えるっていうのもひさしぶり。ただ食後に一服する習慣は2年前にはなかったなあ、と。

   というわけで感想(レビュー?)。『バケモノの子』、面白かったです。渋谷の裏道に化け物界への入口があるっていうのがなんともいまどきの想像力っぽくていいですね。ジブリではこういうことは絶対やらないでしょう。

 9太が修行して強くなっていく過程がちゃんと描かれていたのが良かったです。ポスターの絵を見た限りでは、渋谷にバケモノ勢揃いみたいな話なのかなーなどと思っていたのですが、ただの強者VS強者みたいな話(ちょうどサマーウォーズのように)ではなく、一人の男の子の成長物語として楽しむことができました。細田守の映画って、最初の2作はどちらも「みじかいひと夏の思い出」って感じだったんですけど、後の2作はシークエンスが長くて、より展開の早いスピーディな感じになっていますね。

 17歳になった9太が化け物界を出るシーンも良かったです。白い光の向こうから、スクランブル交差点で流れるCMの音楽が聞こえてくるんですよね。で、進んでいくと渋谷に出ると。景色よりも先に音が流れてきて、それで外の世界の賑わいを予感させるっていう演出はなかなか関心しました。

 図書館の前で不良にいじめられてる楓を9太が助けるシーンも良かったですね。横長の画面の右のほうで楓と女不良がいて、左の方に男不良がいる。で、最初は楓がいじめられているところを映し、次にカメラが左にスクロールしてケラケラ笑っている男不良を写す。そこに9太が現れて男不良を殴り倒していくんですが、その場面でカメラがふたたび右にスクロールするんですよね。つまり、ふつう見せ場であるはずの不良撃退シーンをあえて映すなかったわけです。なぜか。それはやっぱり腕っ節っていうのは「カタルシスのための強さ」ではなく「優しさのための強さ(これは幼少時の一郎彦の言葉でした)」だからですね。不良をボコボコにしてるところを映して観客の溜飲を下げさせるっていうのは、監督の倫理に違反するんでしょう。ただそのかわり、女不良たちが9太の強さを見て驚いて逃ていくっていうのが描かれていて、そういう間接的な表現はおもしろいと思いました。

 最後の対決シーンはなんというか綺麗でしたね。炎と水の対決。

 あと冒頭の幼少9太が渋谷をさまようところや一郎彦が9太を見つけ出すところで、監視カメラの視点で彼らの様子が映されるっていう技法が使われていたんですが、あれもなかなかおもしろい。事件終了後、テレビで「『くじらの影のようなものを見た』という目撃情報が多数寄せられていますが、監視カメラにはそのようなものは映っておらず……」みたいなことをアナウンサーが言うっていうシーンがありました。つまり、9太とか一郎彦はまだ人間なんだけど、くじらになった一郎彦は科学で捉えられない存在(=バケモノ)になっていた、っていうことを暗示しているんじゃないでしょうか。みたいな。で、エピローグで9太が勉強しているシーンで、壁のカレンダーに跳躍するくじらの写真が載ってるんですよね。あれはちょっと気づきにくい演出だったかもしれませんが、物語が地続きになっているということをちゃんと観客に示す効果があったと思います。

 いやーいい映画だったー(^^)やっぱり夏は細田守の映画だね!笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、本音を言うと、なんかこの映画、雑だなって思いました。なんというか本当にやる気があって作ったのかな? って訝しんでしまうような。日テレの人が「細田さん、売れるんで次回もよろしくおねがいしますわ」って頼んできたからやむを得ず映画作ったとかじゃないですよね。モチーフも過去作の使い回しが多いと思いませんでしたか? そもそもおおかみこどもだって要するにバケモノの子ですからね。

 あとは一郎彦がキレてる理由がよく分からなかったです。半端者半端者って。いったい幼少期から青年期の間に何があったんですか。宮野真守の演技はさすがでしたけどね。あれは本当にプロ声優だなって思いました。周りが俳優とか女優ばっかりだったからかもしれませんが。

   暴走した一郎彦をどうするかってところで、9太が「俺の闇であいつを飲み込むしか……」とか言ってるところも「!?」って感じでしたね。飲み込むって何?   みたいな。まずは話し合ったりしないんかい。

 楓もメインヒロインのわりには全然いる意味が分からなかったというか、そんなに大事な仕事してるか? って思いました。9太に渡したミサンガが、9太が闇に飲まれそうになった時に正気を取り戻すきっかけになったっていうのはけっこう良かったですけどね。伏線回収した! って思いました。

 存在理由不明キャラといえばなによりあのハムスターみたいなやつでしょう。「じつは母親の生まれ変わりでした」とかでもなかったし。女の子人気を狙った癒やしキャラとして出したのだとしたら失敗だと思いますね。映画を見ているうちは確かに可愛いかもしれませんが、劇場から一歩出たらたちまち記憶から抹消されるレベルで存在感がなかったですから。

 それとクマ鉄が「大太刀」になってしまわれたのも納得いかなかったです。「俺がお前の胸ん中の剣になる」って。いやいや。バケモノ界を治める長になるんじゃないのかい。

 とかとか、いろいろ変な感じがして総合70点みたいな映画だったんですけど、それでもやっぱりこれ人気出るんだろうなあって気がしました。

 大塚英志が言っているように、おもしろい物語の法則って確立してて、昔から今までおもしろい物語って2000年前とかに書かれた聖書と構造的にはほとんど変わってないらしいんですよね。あとはキャラの設定をちょっといじればもう大衆受けする作品は完成するんですよね。まあそれを作るのも結構な才能と努力が必要だと思うんですが、一線に立っているクリエイターの方々はみなそれができるわけです。むろん細田監督も。

『ベイマックス』は人工知能みたいなシナリオだった、っていうエントリーをはてブで読んだんですけど、やっぱり今「無難に」「大衆受けする」「おもしろい」ストーリーを作るには、過去の名作たちを参照して、いろんな人と検討し合いながら作っていくのが最も効率がいいんですよね。

 それでいうと『バケモノの子』はそれっぽいな、と。そのかわり上で指摘した微妙な点が目立ってしまうのですが、そういうのが霞む程度のスピーディーな展開と作画・美術のクオリティがありました。で、さっきも言ったように「総合的には70点」みたいな評価になるわけです。

 それはそれで人気は出るし僕みたいなひねくれた人間もある程度おもしろいとは思うんですが、それでいいのかなあと。そんなことを思いました。