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研ぎ澄まされた孤独

とりとめのない思考を無理に言語化した記録

この性格を変えなければ近いうちに俺は自滅するかもしれない

俺は忙しいアピールが嫌いだ。なぜなら忙しいのはみんなそうだからだ。何もあんただけが特筆して忙しいわけではないだろうよ、と思うのである。


忙しいアピールはされるのが嫌なので、自分でもしないようにしている。忙しい時は、匿名のツイッターで「クソったれ」とかつぶやくようにしている。


リアルの知り合いがいるアカウントでは、ライターのバイトが忙しいとかそういう話はしない。「かまちょかよ乙」みたいに思われたくないからだ。


もうひとつ大きな理由として、「このぐらいで音を上げちゃだめだ」と思うから、というものがある。忙しい人はもっと忙しいはずだ。俺はまだまだ雑魚。こんな段階でつらいとか言ってはだめだ。だから言わない。こんなんで「忙しい」とか言ってたらこの先厳しいぞと。


しかし最近この屈折したプライドを改めた方がいいんではないかと思ってきた。なぜかというと、結構我慢が限界に達してきたからだ。


なんで俺ばかり人の忙しい話を聞いているのか。「卒論大変だわ〜」とか、知らんわ。俺はほぼ毎週卒論書いてるようなもんなんだぞ。しかも取材とか込みで。


そしてなんで俺はそんなクソみたいな話をうんうん頷いて聞いてるんだ。「忙しいね〜」って。アホか。俺の方が100倍忙しいわ。でも「俺の方が100倍忙しいわ」なんて言ったら嫌な奴だと思われるから言わない。


昨日は人の温かみが欲しくて、幾度も幾度もツイッター(リアルの方)を更新していた。けれどもそこには誰のつぶやきも更新されなかった。されたとしてもゼミとかのつまんないウェイ報告しか上がってこない。仲のいい友達はあんまりつぶやかない。つぶやいたとしてもクソどうでもいいことだ。

 

いずれにしても、「そこに誰かがいる」という感覚は得られない。得ようとしてリロードするたびに、「やっぱり得られなかった」という絶望だけが積み重なっていく。


だったらツイッターなんて見なきゃいいかと思いRSSはてなブログホッテントリを更新しまくるも、ピンとくる記事はない。だから時間をおいて更新するのだけれども、ピンとくる記事はない。

 

だったらRSSはてなブログホッテントリなんて見なきゃいいかと思いスマホを手放すと、ただちに明日の仕事のイメージが呼び覚まされる。このまま寝たら明日が来てしまう。


おそらくこの解決法は、誰かに自分は忙しいと打ち明けることである。それは多分ツイッターでもいい。俺のつぶやきは、読まれるかもしれないし読まれないかもしれない。でも表現とは根本的にそういうものではなかったか。

 

1.誰かに話す=行為……目撃可能性100%
2.書いて公開する=表現……目撃可能性???%
3.誰にも言わず溜め込む=感情……目撃可能性0%

 

唐突に書いたが、要は2番目の「目撃可能性???%」が大事なんではないか。つまり、誰かに直接忙しいアピールするのではなく、ツイッターに表現として書くということ。

 

……しかし。俺は忙しいアピールというのは、むしろ「表現」のレベルにおいて一番ウザいとも思うのだ。


俺もリアルで友達と会った時は「忙しいんだよ〜」と話すことは多い。そして俺は、リアルで友達から「忙しいわ〜」と言われたら、素直に「へー」と思う。他方、ツイッターで「上司から仕事を振られ忙しいわ」とか言ってるのはすごくウザいのである。それこそ「かまちょ乙」と思う。


おそらくこのウザさの差異は、どれだけ特定の相手を聞き手の対象としているかの問題であると思う。リアルで「忙しいわ〜」と言われた場合、(あ、俺信頼されてんのかな)と思う。


他方、ツイッターで「忙しいわ〜」と言われた場合、(誰でもいいから慰めて欲しいのかコイツは?)と思う。アドホックで都合のよいカウンセラーを求めているかのような傲慢さを感じてしまう。


以上の考察から、おそらく俺は、誰か特定の人物に仕事の愚痴を吐くのが最もよいと思われる。


しかしそのように愚痴を聞いてくれる人物はいない。