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研ぎ澄まされた孤独

とりとめのない思考を無理に言語化した記録

大学を卒業できなくなるかもしれない、と思った

就活 日常

朝目を覚ましスマホで時刻を確認した僕は驚愕した。9時22分。1限の試験はもう始まっている。バネのように跳ね起き、「やばいやばいやばい」と小声で言った。コートを着て鞄を持ち寝癖を手櫛で梳かし玄関に向かいながら、もうだめではないか、いやいけるか? いやむりだ、もう諦めよう、といった逡巡を数回繰り返し、諦めることにした。僕はスマホで「大学 試験 遅刻」で検索した。同様の理由で困っている哀れな大学生の質問などがあった。次に僕は試験の時間割を見た。やはり9時からだった。

ここで状況を整理しておきたい。卒業単位は124単位で、僕は122単位を取得済みだった。あと2単位だけなのだが、所属学部の厄介な規定により、最終学期で新たに4単位追加的に取得することが卒業要件として定められていた。したがって僕は今回の試験で4単位、すなわち2つの授業で単位を取らなければならなかった。僕は慎重を期して授業を3つ履修していた。そのうち2つで単位を取れれば無事卒業となる。2日前、すなわち火曜日に、僕は一つ試験を受けていた。これはおそらく、たぶん、単位が来るだろう。先生とも仲がいいので、たぶんくれるはずだ。そして今日の試験はだめ。残った一つの試験が来週の月曜日にある。これを落としたら卒業失敗、留年、内定取り消し、もう一回就活やり直しである。お世話になった人事の方に卒業失敗の件を電話で告白するところまで自動機械的に想像された。恐ろしい。

とはいえ、月曜日の試験はゼミの知り合い曰く「小学生でも単位が取れる」ということなので、杞憂に終わるかもしれない。授業は70%ぐらい出席していたし、というか出席点取ってないのだが、まあ内容は理解しているし、そんなに不安にならなくてもいいのかもしれない。たぶん1ヶ月後には試験を寝坊したこともいい笑い話になるだろう。というのは頭では理解できるのだが、手先足先の冷えが止まらない。身体で恐怖している。これはどうしようもならない。なんとかしてリカバリーしなければ、もしかすると月曜日の試験さえ落としてしまうかもしれない。やばい。そこで僕は、久しぶりに映画を観に行くことにしたのだった。

新宿ピカデリーで『沈黙』を観た。長い映画だった。3時間ぐらいだった。非常に考えさせられる映画だった。特に印象に残っているのは、主人公が町の人々にロザリオの珠とかいろんなものを配るシーンだ。「信仰よりも形ある物にすがろうとする姿勢は不安だ」という独白が流れる。確かに日本人ってそういうところあるよな、お守りとかキーホルダー的感覚で付けたりするもんな、と思った。他にもいろいろ考えたのだが、僕がここで書き残しておきたいのは、僕の睡眠管理についてである。懺悔しよう。僕はこの映画を興味深く観たが、実は途中で3回ぐらい寝た。眠かったのだ。

ここで、お前は睡眠不足だったのではないか、と訝る読者もいるだろう。告白しよう。たっぷり8時間寝ていた。1時半に寝て9時22分に起きたのだから、8時間だ。これだけ眠ってもまだ眠り足りないのか。僕が一番信じられない。前から思っていたのだが、やはり僕はそういう体質なのだろう。そうとしか思えない。ここで僕は確信した。僕は8時間以上寝ないとまともに頭が働かないのだ。これは重要なことだ。社会に出る前に気づいてよかった。とにかく僕は寝る人間なのだ。これは僕の今後の人生において非常に重要な意味をもつだろう。たとえば僕は疲れを癒やすためにASMR動画を見ることがしばしばあるが、そういうことよりも睡眠を取ったほうがいいのかもしれない、などといった知見を得ることができる。