研ぎ澄まされた孤独

とりとめのない思考を無理に言語化した記録

阿部和重「無情の世界」

久しぶりに阿部和重を読んだ。新潮文庫の「無常の世界」には3つの短編が収められているのだが、キンドルではその3作がバラ売りされており、出版社:コルクと表示されていた。コルクはそういう事業もやっているのか、と感心する。そういえば短編集をバラ売りするのって、ありそうでなかったね。というか、なぜ今までなかったのかが不思議だ。ちなみにこの3作は2016/3/15発売で、それぞれ108円。リーズナブル。

 

新潮文庫の表題の「無常の世界」はとても短くて、10分か15分ぐらいで読めてしまう。少年が公園に行ったらベンチに全裸の女がいたので影で見ながら自慰に耽るも何かおかしいと思い近づいたらその女は死んでいた。で、少年は逃げるんだけどその姿を複数の目撃者が捉えていて、翌日テレビでもそういう報道がされ、捕まるかもしれない助けて、という話。とくに感想はない。

 

無情の世界 (コルク)

無情の世界 (コルク)

 

 

 

トライアングルズ。「先生」はある女性を好きになり、ストーキングを開始するのだが、彼は彼女がある妻帯男性と不倫関係にあることを突き止める。先生は彼女と付き合いたいので、男性と彼女の仲を引き離そうとする。
その戦略が面白くて、先生は男性の息子の家庭教師になり、男性の家庭の事情を探り、男性とその妻を仲良くさせようとするのだ。つまり、男性が不倫をしているのは男性と妻の仲が良くないからであり、したがって男性と妻の仲を取り持つことができれば、あの女性との不倫関係は解消されるだろうという論理なのである。
……という話を、先生は男性の息子に語る。息子は先生の女性に対する想いや、先生のもつ優しさを理解する。この小説は、そんな先生について息子=僕が、先生の好きな女性=あなたに宛てて書いた手紙という形式をとっている。僕が先生を擁護するかのようにして「あなた」に先生の物語を語る。その形式が面白い。

ところで僕が興味深かったのは、先生のキャラだ。先生は一度就職したけどすぐ会社を辞めてニートになって家庭教師になったのだが、彼の就職に対する考えに共感する。彼は「それまでに培ってきた様々な技術をすべて投入」して、「一種のフェスティバル」のような面接を展開したのだ。

 

「(…)面接官連中は、そんな僕を見て、凄いやり手の男だと誤解してしまったのさ。今すぐ我が社で働かせるべきだ! なんて言うんだ。僕はもう気絶する寸前の状態だったりするのにだよ! 入社はしてみたけれど、そんな印象を持続させたまま、営業部で仕事を続けるなんて、僕にはできなかったよ。(…)」

 

僕もこうなってしまうかもしれない。とても共感を覚えた。そう言う意味で、これは好きな作品だ。
ところで物語の最後、実はこの作品=手紙は、先生の生徒である「僕」ではなく、すべて先生によって捏造された手紙である可能性が示唆される。もしかしたら「僕」が書いたのかもしれない。けれども先生による他者の口を借りた自分語りである可能性もある。だとしたら、意中の女性=あなたに対して、「僕」の視点から自分を褒める手紙を書いた先生というのは、とても愚劣で卑怯な人ということになる。

2ちゃんではしばしば「電車でキモいおっさんがうんこ漏らしててキモすぎわロタwwwwww」みたいなスレが立つが、それは得てして漏らした本人が立てている。つまり、あまりの自己肯定感の喪失ゆえに自我を遠心化し、他社の視点から自分を語るというトリックが起こるのだ。もしかしたら「先生」は、このうんこを漏らしたおっさんみたいなものなのかもしれない。

 

トライアングルズ (コルク)

トライアングルズ (コルク)

 

 

 

「みなごろし」←変換できない。エンタメとして面白かった。共感できたのは「トライアングルズ」だけど、読んでて楽しかったのはこちら。
豊富な語彙と適切な比喩で明晰な描写をしつつもつるつるとして引っかかりのないリーダブルな文体で、非常に読んでいて心地よかった。
が、シナリオは目を覆うばかりのダメっぷりとグロっぷりで、これは実際に読んでほしい。多分1時間もかからずに読み終わる。主人公のオオタタツユキがデニーズに入店したあたりから物語が大きく動き始める。
どうでもいいけどデニーズのメニューのカロリーとかいちいち書いてるところとかがよい。デニーズってなんかいいよね。サイゼよりはグレード高めな感じがするけどロイホほど気取ってない。ところでデニーズといえば村上春樹の「アフターダーク」は主人公が深夜の新宿のデニーズで読書をしているシーンから始まるのだが、僕は「アフターダーク」を読み始めた時まさに深夜の新宿のデニーズにいた。

 

鏖(みなごろし) (コルク)

鏖(みなごろし) (コルク)

 

 

 

本とは関係ない話。
最近キンドルで本を読むことが多いんだが、それが読み終わっていい本だった場合、「これ紙で買って本棚に挿しておきたいな」と思うことがある。実際いくつか二重買いしてしまったこともある。こういうの、とてももったいないような気がする。最初から紙で買っとくべきだろうか。しかし電車とかで読書するにはキンドルの方が圧倒的に便利だ。


阿部和重といえば2年ぐらい前に大学で「インディヴィジュアル・プロジェクション」「ニッポニア・ニッポン」を読み、どちらもとても面白かった。もう一度読み直したいと思い本屋に行ったらどちらもなかったのだが、代わりに「IP/NN 阿部和重傑作選」というとてもお得な文庫本を発見した。買おうと思ったが、やめた。なぜならIPの文庫本に収録されていた東浩紀による解説と、NNの文庫本に収録されていた斎藤環の解説の両方がこの傑作選には収録されていないからだ。僕にとっては、この二人の解説があってこそのIPとNNなのだ。