研ぎ澄まされた孤独

とりとめのない思考を無理に言語化した記録

会社を退職した課長から人づてに褒められた話

8月末に隣の課の課長が退職した。某大手IT企業に転職したのだ。僕はとくに彼と親しかったわけでもないのだが、彼の非常に会社のことを考えていて、頭を使って仕事をしているという点を尊敬していた。常に優先順位と費用対効果を考え、コストに見合わない仕事は削っていく。部下の手本となるように定時で帰る。でも売上のために積極的に施策を提案していく。まだ仕事のわからない新人なりにすごい人なんだなということはわかっていた。

 

ある日、彼がかつて僕のいる課にいた時の仕事フォルダを覗くと、そこには多数の企画書とデータが残されていた。商品売り伸ばしの企画だけでなく、本社主催の新規事業コンテストのエントリーシートまであり、こんなことまで考えていたのかと驚かされた。ほかにも、入って長い先輩からの話で、いま我々が当たり前のようにやっているこの作業は彼が提案して合理化した、それ以前は全部ペーパーで手作業でやっていたんだということも聞き、たいへんに驚いた。彼が会社に残したものはあまりにも大きい。そんな彼が去ることが、会社にとって大きな損失になることは明白だった。出勤最終日、会議室で行われた送別会では僕は彼と全然話せなかった(まあ、普段から会社の飲みでは話さないのだが)。しかしもうこれきり彼とは会わない。尊敬の念は伝えたいと思い、去り際に本当にお世話になりましたと挨拶した。思いを伝えられてよかった、と恋愛みたいなことを思いつつ……それが8月末のことである。


で、10月初旬。いつも通り会社に行くと、隣席の話好きの先輩から、「実はUさん(退職した課長)と飲んだんだよ」
「ほんとですか」
「うん、TさんとEさん(我々と同じ課の人)も一緒に」
「Uさんどうでした?」
「それがね、君のことをすごく評価してたんだよ。帰りの電車でもずっと君の話してた」
「酔っ払ってたんでしょう」
「いやいや。ずっと褒めてた。Tさん(僕の一個上の新卒入社)がいない場でだけど、これまでの新卒の中で一番すごい奴だって言ってたよ。次長のMさんにも対しても、『彼を褒めないなんてあなたの目は節穴か』みたいなことを言ってたんだって」


話を聞くと、僕がエクセルのマクロで作業をいろいろ効率化したことを褒めてくれたのだという。効率化したことによって余裕ができ、いままでできなかったデータの抽出や資料の作成に時間をかけることができた。それによって受注を増やし売上を上げることができるようになった。「彼(僕)はやるべきこととやるべきでないことをちゃんと分けて、やるべきでないことを削ろうとしている」というようなことを言っていたらしい。身に余る光栄とはこのことか。


確かに僕がマクロを勉強して使い始めて以降、明らかに仕事の回転スピードが早まった。これまでなにか施作を行うにしても、各取引法人向けの資料を作る作業それ自体に時間が割かれていた。だからなかなか施策を提案することができなかった。しかしマクロを使い始めてから、資料作成にかかる時間が大幅に短縮された。そのためさまざまな施策を積極的に提案することができるようになった。


それから僕はマクロで作業を効率化することばかりやってきた。ところで本当に情けないことだが、僕はまだ、営業で成果を上げる方法というのがよくわからない。なにか新しいパッケージを作って売るというのが、正直思いつかない。でも、いまやっている煩雑な作業を効率化し、コストを減らすことはできる。プロダクトイノベーションは起こせないけどプロセスイノベーションは起こせる。そういう風に思考をポジティブに切り替えて仕事をしていた。でも心のどこかで、そんなことやっても根本的に会社のためにならないんじゃないかという気持ちもあった。本来すべき増倍企画の提案などは僕は全然できていない。そんななか、周りから見ればわけのわからないコードをPCで書いているという後ろめたさがつねに張り付いていた。しかしいま、それが正しかったんだと教えてくれた。やっと僕は自分自身を認めることができたような気がした。


いま僕は、自分にしか解読できない野良状態のマクロを綺麗にして、情シスの人に引き継ぐ準備をしている。僕もいつまでこの課にいるかわからない。いなくなったその時のために仕組みは共有しておかなければならない。財産は相続しなければならない。そういうわけで、僕は未だにこんな地味なことばかり続けている。しかしこんな地味なことの先に、あのU課長のような仕事が残せるはずだ、いやそうでなければ、と思っている。