「私たちは、たぶん、北と南に引き裂かれる恋人の、新しい世代だ。」*1
そんなコピーが思い浮かぶようなドラマだった。いわゆるラブロマンスもので、韓国の製作。女性を中心に「ヒョンビン(主演の男性)ロス」を巻き起こすほど話題になっている。
アニメとかゲームとかが好きな「オタク」とくくられる人からするとかなり縁遠い世界のコンテンツだろう。縁遠いどころか、積極的に排他する対象であるかもしれない。「男性俳優をアイドル的に崇拝してるだけで中身もなんもないドラマなんだろう」と。
僕もそう思っていた。でも見てしまった。それで、考えを改めた。ドはまりした。ヒョンビンはかっこいいし、これは惚れる。
南北の分断を利用して届かない恋を表現するというのも韓国ならではの手法でオタク(以下、この言葉はおおざっぱに使用します)からすると目新しい。ファンタジーや歴史の世界ではよくある設定だが、現代にもそういう設定を立てることができるのか、と。
というか現代においてこんな苛烈な分断が起きているのは朝鮮半島しかない。その特異な地理を利用した映像作品というのは韓国にはたくさんある。たとえば「シュリ」とか。それは知っていたけど、こんなに心苦しく、悲しく、力強い作品になるなんて、思ってもいなかった。
一応簡単にあらすじを書こう。ある大企業の社長ユン・セリがパラグライダーをしていたら嵐に巻き込まれ、北朝鮮に不時着してしまう。北朝鮮のエリート将校リ・ジョンヒョクは彼女を助け、かくまう。セリが韓国に帰れるよう、リ・ジョンヒョクはさまざまな手を使って努力するのだった……
ところでオタク的には、メインカップルとなるリ・ジョンヒョク(ヒョンビン)とユン・セリ(ソン・イェジン)よりも、ソ・ダン(ソ・ジヘ)とある人物(軽くネタバレになりそうなので伏せておく)のカップルに注目したい。
……あ、こうして韓国人の名前がつらつらと出てくるのにさえ一定のオタクは嫌悪感や異物感を示すかもしれないが、我慢してみてほしい。
ダンもまた金持ちの企業の令嬢という設定だ。このドラマのメインキャラクターは基本いい身分の人だ。
ダンはリ・ジョンヒョクの婚約者で、実は高校生の時からリ・ジョンヒョクのことを慕っていた。一緒にスイスを旅行したこともある。にもかかわらず、このドラマでは、リ・ジョンヒョクとユン・セリのロマンスが描かれる……
つまり、ダンは最初からその悲しい宿命を決定されたキャラクターとして登場する。まずこれがよい。ダンはしゃべり方も表情も硬くて、人を寄せ付けないような気丈な振る舞いをする。でもやっぱり婚約者を見ず知らずの女に取られるというのは、けっこう傷つく。その内面を吐露するシーンはドラマの後半で描かれる。
そんなダンだが、劇中、思いがけないある人物との恋が発展する。その様子を子細に書くのはネタバレになってしまうので書けないのだが、そのシーンの一つ一つがオタクにとってたいへん味わい深いものになっているのだ。
たとえば料理を作るのだが、ドがつく下手であることが分かったり。彼に会うために鏡の前で髪飾りを選んだり。酒癖が悪くて●●してしまったり……ダンが彼と出会うことで、視聴者も知らなかった新たな一面が少しずつあらわになっていく。
その過程がたいへんに面白い。ツンツンしているダンがいつデレるのか――僕はいつしか、それを一番の楽しみにして「愛の不時着」を見続けていた。
もちろんメインのストーリーはユン・セリとリ・ジョンヒョクのカップルだ。北朝鮮での数々の危機を乗り越えた先にある二人の心の距離、それを見守る楽しさは何にも代えがたいし比べられるもんではない。涙なしには見られないシーンがいくつもある。
けれども、ことオタクが「愛の不時着」を見るのだとしたら、おそらく注目すべきなのはこの二人ではなくダンの方だ。ダンのキャラクターはあまりにもよくできている。こういう言い方はしたことがないのだが、「同人誌の作り甲斐がある」キャラクターだ。
「愛の不時着」には、おそらく男のオタクこそハマる要素がある。にもかかわらず、いろいろ感想を検索しても、ダンのもつ比類のないキャラクター性について語っている視聴者はあまりいないようだ。たぶん、多くの「愛の不時着」ファンは女性で、ダンよりも圧倒的にヒョンビンのほうに目を引かれてしまうのではないか。
そこには間違いなく、オタクがハマる「隙間」があると僕は確信している。